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そろそろ仕事を辞めたい

”あと3年で仕事を辞めたい”と何年も前から思い続けている男の日記

人を遺す

日記

新卒で入社した会社には、先輩が指導員としてマンツーマンで1年間面倒を見てくれるという制度があった。社会人としてのイロハや技術的な事も含めて指導してくれるわけである。

基本的には1年間で終了するのだが、縁があったのか、5年間ずっと同じ部署だったため、その後も色々と教わった。もはや師匠と弟子のような関係であった。
弟子は師匠に似るというように、今でもその師匠の影響を感じる事がある。
私も生意気だったので度々衝突することもあったが、今となっては感謝の気持ちで一杯だ。
その後は私が転職したこともあり、師匠とはそれまでとなったが、その後、色々な案件で”できる社員”と一緒に仕事をこなし、それぞれの影響を受けながら自分なりに成長してきた。
最近、自分成長しすぎたのか、周りのレベルが落ちたのか、残念なことに”この人はできる人間だ”と感じることが少なくなった。思い起こしてみても、片手で足りるほどしか名前が上がらない。
私はまだまだ仕事で悩むことがあるので、若輩者という認識だが、そんな私の目から見てもできる人間は居ないだから、やはり日本は人材不足なんだろうと思う。不思議なことに、大きい会社ほど人材がいない。

そこで思い立った。

人を遺そうと思う。
私がファンである野村克也監督の好きな言葉として言っていた言葉がある。。
「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上」というやつだ。
元々は政治家・後藤新平の言葉らしいが、私もこの言葉が好きである。
私は、自分の生活を優先する事を選択し、子供を育てるという楽しみを放棄しているので、この後は一人で死んでいくだけである。
そのかわりといってはなんだが、人を育てて”疑似子育て”を経験し楽しもうと思う。

定量的な目標としては、3年ほどで私レベルの人間を3人ほど育てたいと思う。
自分くらいのレベルなら比較的簡単に育て上げられるのではないかと思う。いやむしろ私レベルに追いつかないようであれば、一人前とは呼べないだろう。
むしろ、私を凌駕し、「親として誇らしい」と思わせてくれるような人間を育てたい。
とはいっても、歴史に残るようなレベルの人材の育成は無理なので、現在の会社の運営くらいは十分任せられる人間を育てたい。
そのために何が必要かを考えるとやはり「教える」という行為が必要だ。

”人に教える”という事を考えると、自分の気持ちが昂ぶっているのを感じる。
”人に教える”という行為が好きなのである。「三つ子の魂百まで」と言われるように、昔から”人に物事を教える”事が好きだった。
”育てる”経験もできて、”教える”楽しみも感じつつ、”人を遺す”という”上”の仕事もこなせる。
こんなに楽しい目標は久しぶりに見つけた感じがする。

ターゲットにされた人には申し訳ないが、私の辞める前のワガママに付き合ってもらおうと思う。(本人には言わないが)