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そろそろ仕事を辞めたい

”あと3年で仕事を辞めたい”と何年も前から思い続けている男の日記

春日大社展@東京国立博物館

馳星周氏の「比ぶ者なき」という本は、藤原不比等の人生について書かれている。

藤原不比等とは、「(藤原不比等と)等しく比ぶ者なき」という名前を天皇から贈られるほどの権力を持った人物であり、天皇家藤原氏が未来永劫栄えるようなシステムを奈良時代に作り上げた。

実際に昭和天皇の時代までは「五摂家または皇族から后を迎える」という不文律があったようなので、今上天皇藤原氏の血が入っていることになる。不比等が作ったシステムは現代まで続いているのである。

そんな藤原氏氏神を祀るのが春日大社ユネスコ世界遺産にも登録されている歴史的な建造物である。

現在、東京国立博物館では、「春日大社 千年の至宝」として特別展を実施している。

春日大社の歴史=藤原氏の歴史」と言っても過言ではないため、ご覧になられる方は藤原氏の始祖である藤原不比等の事を調べてから観た方が楽しめること請け合いである。

私も行ってきたが、平安時代藤原氏・それ以降の藤原氏の知識があればもっと楽しめたと思う。なので、その時代の藤原氏を描いた本を読んでからもう一度行きたいと思っている。

 

 

勢いの衰え

公衆便所にほぼ同時に入った若者と私。小便器で隣り合う。

先に発射したのは私。

ジョロジョロという音に合わせて水分と体温が身体から抜けていくような感じ。

我慢していた分気持ち良い。

少し遅れて隣からジャー!というけたたましい音がする。

若さと比例するかのようなその勢い。

私の中で「若さを懐かしく感じる微笑ましい気持ち」と「若さで劣っていると突きつけられる悔しい気持ち」が同居する。若干悔しい気持ちの方が大きい。

負けてなるものかと、競争意識が芽生える。

しかし、若者はその体内に秘めたエネルギーでもって、勢いよく貯まっていたものを出し尽くし一振り二振りして、去っていく。

私は、二振りでは不十分なので五振り程度必要であり、完全に遅れをとった。

完敗である。勢いとキレの両面で完敗した。

先に入っていた老人はまだチョロチョロと出している状態。

これが肉体の衰えなのだろう。

無理に張り合うのではなく、マイペースで生きようと誓った土曜日の午後だった。

 

 

 

全力を出すことは感動を呼ぶ

今週の弱虫ペダルを読んだ。

ロードレースのインターハイの場面で、集団を全力で牽いて力尽きるアシストの話だった。思わず涙ぐんだ。去年に見た同じような場面を思い出したからだ。

それはブエルタ・ア・エスパーニャ2016 第20ステージで起きた。

ブエルタ・ア・エスパーニャは最も大きなレースの一つであるり、その上位に食い込むことは大変名誉なこと。20ステージは順位争いの最後のレースであり、4位のチャベスが3位のコンタドールを逆転しようとリスクをとって飛び出した。そのチャベスをアシストしたのがハウッソンである。ロードレースのアシストとは、自ら先頭で走り風よけになることで後ろの選手の空気抵抗を減らし、体力を温存させることを目的とする。

このアシストは非常に苦しい作業であり体力を削られる。なので通常は数十秒程度で複数のアシストがローテーションしながら進んでいくものだ。

しかし、このステージではチャベスに残されたアシストはハウッソン唯一人。ローテーションできないので一人で牽く。数分から10分程度牽いただろうか、そして、ハウッソンは遂に力尽きた。変わるように飛び出すのは体力を温存していたチャベス。ハウッソンの全力アシストに報いるために。。

よくある光景だが、一つ違ったのは、ハウッソンがこの後止まったことである。アシストは仕事を完了した後は、ゆっくり走って息を整える。しかしハウッソンはばったりその場で止まった。ゆっくり走ることもかなわないほど限界までチャベスのために仕事をしたのだ。この光景を見て胸が熱くなった。私の中で2016年のベストレースの一つである。

その光景がまさに今週の弱虫ペダルに描かれていた。作者の渡辺先生もロードレース好きなので、同じくハウッソンを見て胸を熱くしたのだろう。

全力を出した人間の姿は、他人を感動させる。

チャベスはこのアシストに応えるように、コンタドールを逆転して3位に食い込んだ。

京伏の全力アシストを受けた御堂筋は、はたしてどうなるのだろうか。来週の弱虫ペダルも楽しみである。

 

 

 

シュートサイン

プロレスファンにとってシュートサインは忌み嫌うものだ。

口にするのも嫌だが、強いて説明するなら「プロレスには台本があり、人間関係の悪化などにより、その台本を無視してシュート(真剣勝負)を挑む時にするサイン」という意味になる。

台本(ブックやアングル)という言葉も嫌いだし、ガチンコという言葉も嫌いだ。

口にする輩もいるが、物を知らないファンがほとんどである。

プロレスを愛しているファンであれば、この言葉の意味は知っていても敢えて口にしない。なぜなら、誰も幸せにならないからだ。

Google先生に聞けばわかるだろうが、過去にシュートと噂される闘いはいくつかあるが、ほとんど凄惨な内容に終わっている。それは当然である、一方がルールを破って突然シュートを仕掛けてくるのだから。もう一方は何もできない。そして誰も喜ばない結果に終わる。

そんな忌み嫌われている言葉がAKBの新曲名だという。しかもドラマ「豆腐プロレス」の主題歌として使われる。明らかに狙っている。あのプロレスにも造詣の深い秋元康が着けているのだから意味があるのだろうが、安易に”本気”とか”真剣勝負”とかの意味では使ってほしくない。あくまで隠語なのだから。

プロレスを応援したいのか貶めたいのか分からないが、残念に思う。

 

 

2017年1月ベストバイ

お金を有効に使うのは難しい。

時間と同じで、油断しているとつい浪費してしまう。

だからこそ、有効に使えた時は非常に嬉しい気持ちになる。

満足した商品・サービスがあると、思わず人に言いたくなる。

先月買ったなかで一番のお気に入りは「鼻腔拡張テープ」である。

ここしばらく鼻の通りが悪かった。別に花粉症というわけではない。目が猛烈に痒くなるということはないし、鼻水がダラダラ垂れることもない。ただ、目が少しだけ痒く、鼻水が少しだけ出て詰まっている感じがするだけだ。

原因はなんにせよ、鼻が若干つまっている。

寝ようとして布団に入った時にふと思った。

「鼻が詰まっているが、寝ている時はちゃんと呼吸が出来ているのだろうか。そういえば、最近寝ても寝ても眠たいな。もしかして無呼吸症候群?」

こんな不安が芽生えると対策しないわけにはいかない。

早速「鼻腔拡張テープ」を購入。

着けてみた。鼻の通りが明らかに良くなった。

寝てみた。なんとなく、朝スッキリしている気がする。

本当に効果的かは引き続き検証する必要があるが、期待を膨らませる非常にワクワクする商品である。

 

青春時代は夢なんて、あとからほのぼの思うもの

今週の「うたコン」は阿久悠氏の特集だった。

生きていれば2月7日は阿久悠氏の80回目の誕生日。没後10年になる。

阿久悠氏の名曲は数え切れないくらいあるが、特に一つ心に残っているものがある。

阿久悠作詞・森田公一作曲の「青春時代」である。

あるTV番組でアルフィー坂崎幸之助さんが次のように言っていた。(ウル覚えだが)

 

演歌を追いやるほど勢いをだったフォークソングは、青春を歌っていたものが多いが、その多くはまさに青春時代の真っ最中だった若者たちが「今の自分」を思って作った魂の叫びだった。

そこへ、一世代上の阿久悠氏と森田公一がタッグを組んで、「大人が振り返る青春」として殴り込んできた。

 

このコメントを聞いた時、なんとも言えない熱い想いを感じた。

当事者同士はどう思っていたかどうか知らないが、「世代交代を図る若者に対し、上の世代が迎え撃つ」という構図はまさに青春。熱量のある良い時代だったんだなとしみじみと思う。

今日は青春時代を聞いて寝よう。

 

チョコレートは欲しくない

人間は身体が疲れると糖分を欲する。

詳しい理屈は分からないが、ちゃんと働いた証拠なのでご褒美をあげないといけない。

しかしこのご褒美に何をあげるかが難しい。

本当は大福を食べたいのだが、時間によっては満腹になる可能性があるので、夕食前などは食べられず、タイミングが合わないことが多い。「満腹にならない程度に糖分を十分に補給できるもの」となると飴玉かチョコレートが候補になる。

最近チョコレートを食べることが多いのだが、食べて暫くするとイライラしてくる。以前はチョコレートを食べた後は逆にストレスが軽減していたような気もする。少なくともイライラする事はなかった。それが最近はイライラする。

もちろん理屈は分からないが、身体が不要と判断している可能性もあるので、無理に食べないようにしている。

 

そこで、バレンタインデーである。

もうすぐ来る、この商業的に大成功した日本中でチョコレートが飛び交う大イベントである。私の職場も漏れなく”義理チョコ”と呼ばれる利益率100%以上が確実な投資商品が配られてくる。悪いことに我が社は社員が少ないので、手渡しされる。「これどうぞ(にっこり)」と。もちろん大人なので自分なりの爽やかな笑顔を作り「ありがとう!」と言う。しかし本音は要らない。

理想は、「XXさんは、最近チョコレートが苦手だそうですね。なのでこれにしました。手作りクッキーです(は~と)」なんて事になれば有り難いのだが、誰にも言っていないのでそんな事になるわけはない。かといって自分から言うのもおかしい話だし。仮に言ってみても、誰も私に興味なんてあるわけがないので覚えていないだろう。

なので、バレンタインデーそのものがなくなってしまうか、チョコレートではなくて和菓子屋が頑張って大福を配るイベントになれば良いと思っている。