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そろそろ仕事を辞めたい

”あと3年で仕事を辞めたい”と何年も前から思い続けている男の日記

成都正宗担々麺 つじ田

ラーメンが好きではない。

スープは脂が多いし、中華麺は他の麺類に比べて消化に悪い気がする。

外食の選択肢としては、ラーメンは候補に挙がらない。それでも担々麺だけは定期的に食べたくなる。周期としてはだいたい月に一回~隔月に一回くらい。

本日、「たまに担々麺が食べたくなる日」だった。

ネットで探して「成都正宗担々麺 つじ田」へ。

正宗担々麺」と「成都担々麺」の2種類あるようだが、券売機で「1番人気!」と書かれていた「正宗」の方を注文。

結構辛い。

約2時間後。やたらと喉が乾く。胃が痛む。腹も張っている。トイレへ行くと穴も痛くなっている。

予想通り散々な目に合ったが、次は桜が咲く頃に「成都担々麺」に挑戦しようと思う。

 

 

 

 

 

 

スパイスカレーデビュー

国民食であるカレー。

欧風カレー、インドカレー、タイカレー・・・種類も豊富である。

しかし、最近は年のせいか「昔ながらの小麦粉を使ったカレー」を食べると胃もたれをするようになってきた。そのせいもあり、外食でカレーを食べる時は”一般的なカレーライス”を避けるようになっていた。カレー自体は好きなので、外食時はもっぱらインドカレー+ナンという組み合わせが多かった。

先月、「スパイスカレーにハマってます!」という同僚の熱い想いを聞いた。なんでも昔ながらのカレーとは違うそうな。言葉だけでは違いがわからなかったが、熱い想いに感化され行ってみる気になってしまった。

日曜日に自宅から気軽に行けそうな店を探す。

 

スパイスバル 猫六 

 

東向島駅の駅前。徒歩一分”といえば聞こえが良いが、”向島”の名前が示すとおり江戸時代は”島”扱いされていた場所。今も下町が広がっている。近くの押上はスカイツリーでメジャーになったが、向島まではその影響は及ばず、今もまだ”芸者の街”のイメージが強い。改札前にはすぐ路地が広がっている。この店は、そんな路地のなかにひっそりと看板を出したため、探し当てるまでに時間がかかってしまったが、口がカレーになっていたので諦めずになんとか「同僚のマイブームであるスパイスカレー」にありつく。

これがスパイスカレーか。。。

外食の選択肢が一つ増えた。

「楽しく働きたい」というのは「楽」をしたいだけだろう。

職場の同僚と衝突した。

全く作業が進んでいないので、私で作業進捗を管理することにした。

そうすると、予想していた通り「管理されると集中できない!楽しくやりたいです!」と反発された。何回も聞かされたこの言葉にもはや条件反射のように私は答える。「楽しくやった結果がこれですよね。貴方が”楽しく働きたい”と言っているのは”楽して働きたい”という意味です。意味を履き違えていますよ。結果が出ていないので、私が管理します。今の案件を進めるのに、他に案ありますか?」

7割位はこれで言葉を失う。われながら厳しい言葉だと思うが事実なのでしょうがない。”楽しくやりたい”という時点で考えが甘い人間が多い。

好きで言っているわけではなく、相手の為と思って言っている部分もあるのだが、偉そうに言っているうちに、自分に酔ってしまう。その酔いのせいで感情的にもなってしまい、言わなくても良いことまで言ってしまう時がある。

今日も、言ってしまった。「”楽しい”と”楽したい”は違うよ」までは、問題ないと思うが、怒りがこみ上げてきてその後に余計な言葉まで付け足してしまった。完全な失言だったと落ち込んでいる。他人をけなす権利など無い、自分も同じ穴のムジナだ。

 

明日、謝ろう。(後半の部分だけ)

そして、ネガティブな感情をクリアにした上で、楽しい週末を迎える準備をしたいものである。

 

 

 

稀勢の里 明治神宮奉納土俵入り

期待すれば負け。ダメだろうと思えば勝つ。そんな当てにならない相撲を繰り返し、表面上の数字からは安定感があるように見える力士が稀勢の里である。

去年までは応援していたが、気の強いモンゴル勢の勝負強さに比べ、稀勢の里には非常に勝負弱い面があり、何回も期待を裏切られてきた。もちろん私が勝手に応援していたので、”裏切られた!”というのも、私の勝手な解釈だ。しかし稀勢の里を応援することに疲れていたことも事実。

そこで去年の九州場所からは応援しないと決めた。いつも通り優勝争いに加わることも無かったが、数字上は優勝力士の鶴竜に次ぐ成績(準優勝なんてものはない)。個人的には応援していないので、非常に気が楽だった。そして本格的に稀勢の里を応援しないことを決めた。

そして迎えた初場所。始まる時点では”綱取り場所”の声も全くなかったものの、終わってみれば優勝&横綱昇進という結果に。優勝インタビューの際はもらい泣きをしてしまったが、横綱昇進に対しては全く嬉しくはない。

勝手に応援して、勝手に裏切られて、勝手に応援を辞めた。全て私の一人相撲ではあるが、辞めた途端にこんな好成績を残すなんて腹立たしいことはない。

繰り返すようだが、私の自己責任なのは分かっているが、それでも釈然としない。「可愛さ余って憎さ百倍」というものかもしれない。

 

とはいえ新横綱誕生はめでたい。

そこで、明治神宮で行われた奉納土俵入りを見に行ってきた。

本当は仕事を午前中で片付け、2時前には到着予定だった。行事の日程から2時間近く待つことを想定し、そんなに寒くはなかったがコートを着て寒さ対策も抜かりなくとることに。こんな感じで万全の予定をたてていたものの、そんなに上手く事が運ぶことはなく、仕事が長引き事務所から出られない。予定していた作業を途中で残してようやく明治神宮についたのが3時。しかも気温は18℃。暑い。

金曜日の午後であったが、2万人に迫る大観衆が集まったらしい。180cm超の身長をもつ私をしても前が全く見えない。稀勢の里が前を通過したのは周りの人が向けるカメラの方向でわかる程度。土俵入りはこれからだったが、このまま待って居ても全く稀勢の里の姿は見られないだろうと判断し、帰ることにした。

 

相性の悪さとはこういうことを言うのだろう。はっきりと認識した。もう稀勢の里を応援することはない。

そんなことより、照ノ富士は早く怪我を治して欲しいものだ。怪我さえ治れば横綱レベルの実力をもっており、力の衰えが見え始めた3横綱稀勢の里なんて相手にならないはずなのだが、どうも怪我を引きずっている。「怪我をきっかけに新しい相撲を覚える」というのも進んでいるようにはみえない。はっきり言って1年間無駄にした感じである。来場所カド番だが、このままでは陥落するだろう。

早く怪我を治して元の力強さを発揮して欲しい。それが叶えば横綱までさして時間もかからないだろう。そしてその時こそ明治神宮へ、いの一番に駆けつけることにする。

 

演歌はどうやれば盛り上がるのか。

昨日、近くの演歌レコード店で演歌歌手のキャンペーンがあったので見てきた。

20人ほど入る店内は満員。最前列の椅子席にはペンライトを持つお客さんも。

年齢層は若くて60代から。80代以上もいたのだろうがはっきりとした年齢はわからない。若者が同じ顔に見えるように、老人もみんな同じ顔に見える。

私が飛び抜けて若く場違いな感じ。でも、先月見たキャンペーンより年齢層は若干低く感じる。

応援する芸能人を追っかけたい気持ちは年齢に関係ないようだ。CDを買って握手をしてもらい喜々として一緒に写真撮影する姿は秋葉原にいる連中となんら変わりがない。

演歌もアイドルと同じように、CDが売れる可能性もあるはずだ。

とはいえ年金で生活しているご老人よりむしり取るのは限界がある。

 

演歌歌手の新曲を聞きながらどうすればこの演歌歌手が売れるのかを考えていた。

最近キャンペーン周りをしていて改めて気付いたことだが、生歌を聞くと凄く上手い。

TVで見ていても他のアイドルに比べると圧倒的に上手いのだが、こんな場末に回ってくる歌手レベルでも上手い。これを聞いてもらえればもう少しファンも増えそうなのだが、問題はどうやって聞いてもらえるかが問題だろう。

実際のビジネスでも同じだが、商品は良くても知名度が足りていないと商品は売れない。なので商品の良さを知ってもらう為にプロモーションを行う。

演歌の場合はどうやるんだろうか。聞いてもらえればファンも増えるだろうに。

 

しばらく考えてみたが、答えはまだない。

 

 

 

 

 

稀勢の里の初優勝について思う

稀勢の里の初優勝が決定した。

直後のインタビューで、稀勢の里の右目から涙が一滴落ちていた。

それを見て思わずもらい泣きした。

 

横綱を倒せる実力をもち、大関で一番強いと言われながら、後輩大関に”幕内最高優勝”は先を越された。

毎回勝負処で失速し、関係者やマスコミに「メンタルが弱い」と叩かれてきた。そんな不甲斐なさは自分がいちばんわかっていただろう。反論もしたかったろうが、結果が出ないうちは言い訳にすぎない。あの涙はそんなものが積もりに積もったものだったのかもしれない。

 

本人も協会も待ちに待った今回の優勝により、千秋楽で白鵬に勝てなくても横綱昇進の話もあるようだ。個人的には今回の優勝だけでは不足していると思うが、協会は早く和製横綱を誕生させたい雰囲気がある。

しかし、今場所はあまりにも恵まれすぎていたことも事実。2横綱の休場。豪栄道の休場による不戦勝。照ノ富士の怪我による不調。つまり、上位陣(横綱大関)で一つしか勝たないでの優勝という内容の低さは平幕優勝と同じレベル。

また、取組内容もあまり良くなかった。相手が勝手にコケてくれたことでなんとか勝った相撲が多かった。

そして一番大きい要因は白鵬の不調。上位陣と当たらずの14日目までで3敗という、過去に例がないほど調子が良くなかった。いわば棚ぼた優勝に近い。こんな恵まれた場所は今後二度とないだろう。

豪栄道琴奨菊は優勝した次場所で何れも失速している。その原因はともに稽古不足だ。元々稽古不足の噂がある稀勢の里横綱に昇進させると来場所2ケタ勝利に届かない可能性もある。それを見極めるために来場所に準V以上の結果を残せば文句なく横綱昇進させれば良い。もう1場所様子を見て欲しいところだがどうだろうか。

 

肝心なところで負け続けた稀勢の里に必要なのは「メンタル」と言われてきた。この「メンタル」というのはあることがきっかけで解消することがある。

今回の優勝が稀勢の里にとってそのきっかけになるかもしれない。既に実力は横綱クラス。課題だったメンタルも解消すれば、来場所からは稀勢の里時代が来てもおかしくはない。もちろん、変わらない可能性もある。どちらになるのかは、来場所以降にわかることになる。

 

どうしても、今まで期待を裏切られ続けただけに厳しく見てしまっているが、これだけは言っておこうと思う。

 

優勝おめでとう。

 

人を遺す

新卒で入社した会社には、先輩が指導員としてマンツーマンで1年間面倒を見てくれるという制度があった。社会人としてのイロハや技術的な事も含めて指導してくれるわけである。

基本的には1年間で終了するのだが、縁があったのか、5年間ずっと同じ部署だったため、その後も色々と教わった。もはや師匠と弟子のような関係であった。
弟子は師匠に似るというように、今でもその師匠の影響を感じる事がある。
私も生意気だったので度々衝突することもあったが、今となっては感謝の気持ちで一杯だ。
その後は私が転職したこともあり、師匠とはそれまでとなったが、その後、色々な案件で”できる社員”と一緒に仕事をこなし、それぞれの影響を受けながら自分なりに成長してきた。
最近、自分成長しすぎたのか、周りのレベルが落ちたのか、残念なことに”この人はできる人間だ”と感じることが少なくなった。思い起こしてみても、片手で足りるほどしか名前が上がらない。
私はまだまだ仕事で悩むことがあるので、若輩者という認識だが、そんな私の目から見てもできる人間は居ないだから、やはり日本は人材不足なんだろうと思う。不思議なことに、大きい会社ほど人材がいない。

そこで思い立った。

人を遺そうと思う。
私がファンである野村克也監督の好きな言葉として言っていた言葉がある。。
「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上」というやつだ。
元々は政治家・後藤新平の言葉らしいが、私もこの言葉が好きである。
私は、自分の生活を優先する事を選択し、子供を育てるという楽しみを放棄しているので、この後は一人で死んでいくだけである。
そのかわりといってはなんだが、人を育てて”疑似子育て”を経験し楽しもうと思う。

定量的な目標としては、3年ほどで私レベルの人間を3人ほど育てたいと思う。
自分くらいのレベルなら比較的簡単に育て上げられるのではないかと思う。いやむしろ私レベルに追いつかないようであれば、一人前とは呼べないだろう。
むしろ、私を凌駕し、「親として誇らしい」と思わせてくれるような人間を育てたい。
とはいっても、歴史に残るようなレベルの人材の育成は無理なので、現在の会社の運営くらいは十分任せられる人間を育てたい。
そのために何が必要かを考えるとやはり「教える」という行為が必要だ。

”人に教える”という事を考えると、自分の気持ちが昂ぶっているのを感じる。
”人に教える”という行為が好きなのである。「三つ子の魂百まで」と言われるように、昔から”人に物事を教える”事が好きだった。
”育てる”経験もできて、”教える”楽しみも感じつつ、”人を遺す”という”上”の仕事もこなせる。
こんなに楽しい目標は久しぶりに見つけた感じがする。

ターゲットにされた人には申し訳ないが、私の辞める前のワガママに付き合ってもらおうと思う。(本人には言わないが)